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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2329号 判決 1967年12月19日

申請人

野添照子

右代理人

橋本紀徳

外一名

被申請人

春風堂こと

千切谷和子

右代理人

臼杵祥三

和田良一

外二名

主文

(一)  被申請人は、申請人に対し、昭和四一年四月一日から本案判決確定に至るまで毎月末日限り金九、三七五円を、仮りに支払え。

(二)  申請人のその余の申請を却下する。

(三)  訴訟費用は、被申請人の負担とする。

申   立

申請人の求めた裁判

(一) 申請人が、被申請人に対して、雇傭契約上の地位を有することを、仮りに定める。

(二) 被申請人は、申請人に対し、昭和四一年四月一日から毎月末日限り金一一、〇〇〇円の割合による金員を、仮りに支払え。

(三) 訴訟費用は、被申請人の負担とする。

被申請人の求めた裁判

(一) 申請人の申請を却下する。

(二) 訴訟費用は、申請人の負担とする。

主   張

申請人の主張する申請理由

(一) 被申請人は、その肩番地において「春風堂」という商号で洋菓子類の製造・販売並びに喫茶店の経営を営む者であり、申請人は昭和四〇年三月一九日からパートタイマーとして期間の定めなく被申請人に雇傭され、その喫茶店に勤務していた者である。

(二) 申請人の勤務内容は、カウンター内の業務で、毎日午後六時から午後九時まで一日三時間、毎週火曜日定休の一ケ月二五日間勤務で、賃金は、一時間金一五〇円の時間給で毎月二五日締切り毎月末日払の約束であり、毎月平均金一一、〇〇〇円の支給を受けていた。

なお、昭和四一年二月二三日から申請人の勤務時間が二時間に短縮された事実はない。

(三) 被申請人は、昭和四一年一月二六日申請人に退職を迫つたが拒絶されたので、同年三月二四日一ケ月分の予告手当を提供して解雇の意思を表示し、同年四月一日からの賃金の支払をしない。

(四) 被申請人は、特定の宗教を信仰している者であり、従業員全員に自己の信奉している宗教を強制していたが、申請人がこれに反対して、その従業員達に「宗教を信ずるのは自由である。」と教えたことが気に入らず、或いは又、「共産党に入つている申請人と付き合うな。皆で申請人が出勤出来ないようにしろ。」と他の従業員に命じたりして結局申請人を解雇するに至つたものであつて、この解雇は申請人の思想信条を理由とする差別的取扱であつて、労働基準法第三条に違反して無効である。

(五) 申請人は、自己の勤務時間その他の待遇の低下することに反対していたところ、被申請人は、これを快よく思わず又申請人が昭和四一年二月四日東京商業労働組合に加盟して積極的に組合活動をしたのを懸念して、本件解雇に踏み切つたものであり、その解雇は、申請人が労働組合の組合員であること、ないし、実質的な組合活動をしたことを理由とするものであるから不当労働行為として許されない。

(六) その他、本件解雇は、何等の理由を持たない解雇であつて、権利の濫用である。

右、(四)、(五)、(六)の事実は選択的な主張とする。

(七) 申請人は、解雇無効並びに賃金支払を求める本案訴訟を提起しようと準備中であるが、現在絵画の勉強中でもあり被申請人からの賃金収入を唯一の生活費としているので、このまま本案訴訟の確定までその支払が受けられないとすると、著しい苦痛と損害を受けることになるので、本件仮処分の申請に及んだ。

被申請人の答弁

(一) 申請人の主張する申請理由第(一)項の事実は、期間の定めのない雇傭契約であるという部分を除いて認める。

本件の雇傭契約は、臨時且つ補充的な雇傭関係であつて使用者の必要により何時でもその雇傭関係を終了させることのできる性質のものであつた。

(二) 同第(二)項の事実も認める。

但し、昭和四一年二月二三日からは午後六時より午後八時までの二時間、喫茶店のカウンター内での皿洗い及びコーヒー漉しの仕事をしていた。

(三) 同第(三)項の事実も認める。

(四) 同第(四)項中、被申請人が特定の宗教を信仰していることは認めるが、その余の事実は、全部否認する。

(五) 同第(五)項の事実は否認する。

被申請人は、本件解雇当時、申請人が労働組合の組合員であることなど、全く知らなかつたものである。

(六) 同第(六)項の事実も否認する。

申請人が肩番地に春風堂を開店した当初、常勤者が少く勢いパートタイマーに依存する面が多かつたが、パートタイマーによる人件費が増大して経営を圧迫する傾向を見せると共に、その半面では、常勤者も充実して昭和四一年一月頃からはパートタイマーを必要としなくなつたので、本件解雇に踏み切つたものであり、解雇権の濫用ではない。

(七) 同第(七)項の事実も否認する。

仮りに、本件の解雇が無効で、被保全権利が認められるとしても、申請人は、一時間金一五〇円で僅々三時間のアルバイトとして働いていたものであり、その後勤務時間は二時間に短縮されてもいるのであるから、被申請人方のアルバイトに類する仕事は、他に容易にこれを求めることができるものであつて、本件仮処分を求める必要性は全然存在しない。

被申請人の主張

仮りに、申請人の被保全権利並びに保全の必要性が認められるとしても、申請人は、絵画の教員免許を持つているのであるから、他に容易に職を見つけて生計を維持することができるにも拘らず、被申請人方のパートタイマーが自分に好都合であるというだけで他に職を探す努力もせず、二ケ月の間強行就労していやがらせをした上、本件解雇となるや、多衆の威勢をもつて被申請人の営業を妨害し、或いは団体交渉と称して申請人の復職を強調した揚句、本件仮処分申請に及んで不当な権利主張をしているものであつて、本件仮処分の申請自体仮処分申請権の濫用として許されない。

申請人の答弁

被申請人の右仮処分申請権の濫用の主張は、全部否認する。

証   拠

本件記録中疎明関係目録記載のとおり。

判   断

被申請人が、その肩番地で春風堂という商号で洋菓子類の製造・販売並びに喫茶店の経営を営んでいる者であり、申請人が昭和四〇年三月一九日からパートタイマーとして被申請人に雇傭され、その喫茶店に勤務していた者であること、被申請人は、昭和四一年一月二六日申請人に退職を迫つたが拒絶されたので同年三月二四日一ケ月分の予告手当を提供して解雇の意思を表示したこと、は当事者間に争いがない。

そこで、先ず、被申請人と申請人間の雇傭関係が通常の期間の定めのないものか、それとも臨時的なものに過ぎないかの点について判断する。

被申請人並びに申請人各本人の供述によれば、被申請人は、昭和三五年五月頃本件春風堂を開店し、その店員は殆んど郷里の高松から連れて来て店の仕事に従事させていた。ところが、次第に営業成績も上つて多忙となつて来たので、約六名の店員では手が廻りかねるようになつた。昭和三八年頃までは六名の店員が三名あて早番と遅番とに分かれ、早番の者は午前九時頃から午後六時まで遅番の者はお昼頃から午後九時まで勤務することとなつていたが、午後六時から午後九時までの多忙な時間帯には、遅番の従業員三名だけになつてしまうので、喫茶店と菓子販売の両面を担当するには、どうしても店員を増加する必要が生じた。そこで、被申請人は、昭和三八年頃から喫茶店部門に午後六時から午後九時までの間パートタイマーを雇い入れることにし、それが次第に菓子販売の部門に広がり、果ては昼間までパートタイマーを使用するようになつた。申請人は、昭和四〇年三月に喫茶店の方にパートタイマーとして雇い入れられ、約一年間働いた頃本件解雇の通告を受けた訳であるが、被申請人は、申請人を雇い入れるに際して、「半年や一年位で辞めて貰つては困る。」旨を言明しておつて、或る程度長期に亘つて申請人を使用する考えであり、申請人も又、春風堂が自宅に近く、その上夫の勤務先とも近距離にある関係から、許す限り相当長期間被申請人方に勤務するつもりでいた。そして、申請人が雇い入れられた昭和四〇年度中は、大体常勤者六名にパートタイマー五名という割合で営業に従事し、パートタイマーの営業面に占める比率が大きく、しかも、そのパートタイマーは、年末のような多忙な時期に一ケ月前後一時的に雇い入れるという性質のものではなく、恒常的に被申請人方の通常の業務に従事するというものであつた。と一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

なる程、俗にアルバイトとかパートタイマーとか称されている労働者の地位は、一般に日雇いないし臨時雇いの類が多いことは否定できず、その身分関係も認めて不安定で、使用者の一方的な都合によつて容易に解雇されている実情にあることも多言を要しないけれども、アルバイトと称し、パートタイマーと云つても、当該労働者が常に日雇いないし臨時雇いであると断定するのは軽卒であり、原則として、その個々の雇傭契約成立の時の状況や、契約期間ないし従事すべき職務の内容その他の契約条項並びにその勤続期間、その他諸般の事情を勘案して、これが期間の定めのない雇傭契約であるか、それとも臨時雇いや日雇の類いであるかを決定すべきものというべきである。本件においては、前段認定のとおり、申請人は、臨時の仕事のために補充的に雇い入れられた日雇又は臨時の従業員に該当しないことは勿論、季節的業務に従事する労働者ないし試用期間中の労働者でないことも明らかであり、却つて、被申請人の恒常的な業務のために恒常的に雇い入れられた従業員であつて、当初から相当長期間雇傭関係の継続することを当事者双方が予定し、しかも解雇通知を受けるまで約一年間の期間が存在したものであつて見れば、その契約関係はいわゆる一般の期間の定めのない雇傭契約であつたと見るのが相当である。

次に、本件解雇の効力の点について検討する。

被申請人は、本件の如きパートタイマーは、使用者の都合によつて、容易に雇傭関係を終了させることができると主張するけれども、その主張は、本件雇傭関係が臨時的なものであることを前提とするものであつて左担できない。前判示のとおり、申請人の雇傭関係が期間の定めのない一般の雇傭契約である以上、パートタイマーであるからと云つて、何時でも自由に何の理由もなく、経営者の一方的な意思表示によつて雇傭関係が終了すると解するのは不当である。

なる程、フルタイムの労働者の地位とパートタイムの労働者の地位とは、そこに自らの差異があり、使用者が企業の必要から労働者の整理を行おうとする場合には、先ず、パートタイムの労働者を先にして、その後フルタイムの労働者に及ぼすべきものであり、それを逆にすることは原則として許されないものというべきであつて、パートタイムの労働者を解雇する場合の理由は、フルタイムの労働者を解雇する場合に比して相当軽減されるものであることを承認せざるを得ないけれども、パートタイマーと雖も、何等の理由がないのにこれを解雇することは、いわゆる解雇権の濫用との推定を受ける場合の生じてくることも否定できない。

被申請人は、「春風堂の営業は、昭和三八年頃には軌道に乗つて安定して来たが、昭和三九年以降人件費が非常に増加し特にアルバイト料の増加が著しかつたので、常勤者を殖やしてパートタイマーを廃止する方針を樹て、昭和四一年一月に申請人にパートタイマーを辞めて貰いたいと申し入れた。」と供述している<証拠略>けれども、その後常勤者を一一名に増加したというのである<証拠略>から、その人件費は、申請人の勤務していた当時の常勤者六名及びパートタイマー五名の時よりも却つて増加すると考えられるのみならず、被申請人は、当公廷における申請人代理人の反対尋問に対して春風堂の経理の内容・状況について明らかにしようとせず(被申請人本人の供述参照)、果して、人件費の増加を食い止めるためにパートタイマーを全員解雇する必要があつたかどうか改めて疑問の存在するところである。その上、申請人が昭和四〇年三月に雇い入れられたものであることは前判示のとおりでありその後同年七月頃、浜口某がパートタイマーとして雇い入れられた外、山本某も同年一〇月再びパートタイマーとして雇傭されている事実(申請人本人の供述参照)に徴すると、被申請人としては、昭和四〇年の暮頃までは、パートタイマーを全員解雇しようとする経営上の必要も意図もなかつたのではないかと、推測せざるを得ない。しかも、被申請人は、昭和四一年二月頃既に申請人の後任者となるべき者を雇い入れており、又山本某が辞めることになつたのも申請人の件でごたごたが起きるようになつた同年三月下旬のことであり、さらに同年五月頃に一人の学生アルバイトが雇い入れられた外、その後喫茶店のカウンター内の洗い物をする人が雇傭された形跡もあり(申請人本人の供述参照。この認定を左右するに足りる疎明はない。)このことは当時被申請人には、パートタイマーを解雇する経営上の必要の殆んどなかつたとの推測を補強して余りがある。

却つて、申請人本人の供述によれば、被申請人は、特別の宗教を信奉しているものである(その宗教は世界教世教である。被申請人本人の供述参照)が、春風堂の常勤の従業員も又殆んどその宗教に入つていたので、これを被申請人の強制によるものではないかと考えた申請人が、常勤の従業員達に事ある毎に宗教を信ずるかどうか、どの宗教に入るかは、全く個人の自由である等と話をしていたので、被申請人もうすうすそのことに感付き、申請人の言動に関心を抱いていた。と一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

以上判示の事実関係を総合すれば、被申請人がパートタイマーを大量に解雇するに至つた本当の理由は、余り歓迎できないと考えた申請人を春風堂から排除するという目的に出てたもので(パートタイマーの内、先ず、申請人と浜口某に対して昭和四一年一月中に解雇の申入を行い、申請人の抵抗に遭うや、同年二月中に石川某及び田近某を辞めさせ、同年三月未には山本某も辞めて貰うに至つたのである。申請人本人の供述参照)、他の解雇者の中には、申請人の道連れにされてしまつた者もあつたのではないかと見受けられるところであつて、真にパートタイマーを整理する経営上の必要はなかつたものと見るのが相当であり、従つて申請人の解雇は、何等解雇の理由のないものであつて、解雇権の濫用であると推定せざるを得ないから、被申請人のした申請人解雇の意思表示は無効であるといわなければならない(昭和四一年一月申請人を辞めさせようと決意した当時、申請人の思想信条や組合活動を問題としていたとは考えられない。この点を問題として考え始めたのは、同年二月下旬以降のことではないかと考えられる。)

申請人の春風堂における勤務内容がカウンター内の仕事で毎日午後六時から午後九時まで一日三時間、毎週火曜日定休の一ケ月二五日勤務で、賃金は一時間金一五〇円の時間給で毎月二五日締切りの毎月末日払の約束であり、解雇前は毎月平均約金一一、〇〇〇円の賃金の支給を受けていたが、昭和四一年四月一日以降の給料の支払がなされていないことは、当事者間に争いがない。

被申請人は、昭和四一年二月二三日申請人の勤務時間は午後六時から午後八時までの二時間に短縮されたと主張するので、この点について判断する。

申請人本人の供述によれば、昭和四一年二月二三日被申請人の方から申請人の時間給を減額し、且つ勤務時間を午後六時から午後八時までの二時間に短縮して貰いたいとの申入があつたが、申請人としては、時間短縮によつて収入が相当減つて来るので当初相当難色を示したが、当時丁度店の営業時間が午後八時まで繰り上げられた時期でもあつたので、労働組合関係の松平某と相談した結果、午後六時から午後八時まで喫茶部の営業に従事し、午後八時から午後八時半までの三十分間を跡片付けをするということで勤務時間を二時間半に短縮することだけを承諾したので、申請人と被申請人間に申請人の勤務時間を二時間半とする時間短縮の合意が成立した。しかし、被申請人は、申請人を解雇したとして昭和四一年四月一日以降の就労を拒否している。と一応認められ、右認定に反する被申請人本人の供述は信用できず、他に右認定を動かすに足りる疎明はない。

とすると、本件解雇が無効である以上、申請人は、被申請人に対して、昭和四一年四月一日から、一日二時間半の一時間あたり金一五〇円(一日当り金三七五円)で一ケ月平均二五日分の計金九、三七五円あての賃金請求権を有しているものといわなければならないから、賃金の仮の支払を求める部分は、一ケ月金九、三七五円の限度で理由があり、この点被保全権利の疎明があつたものというべきである。

そこで、進んで、仮処分の必要性について検討する。

申請人本人の供述によれば、申請人は武蔵野美術学校を卒業した画家であるが、同じ画家である夫と共にまだ絵画の勉強中であつて、絵によつて生計を立て得るまでには至つておらず、夫婦共々商店のパートタイマーとして働き、その給料で何とかその日の生活を続けていたが、申請人が解雇されたために非常に生活が苦しくなつていたところに、夫も又解雇されるに至つたので、益々苦しくなり、その日の暮しにも事欠くようになつており、本案訴訟の確定を待つゆとりはない。と一応認められ、右認定に反する疎明はない。

被申請人は、「申請人は昼は絵を画いて他の職に就こうともせず、又解雇後春風堂程度のアルバイトの仕事は他に容易に見つかるにも拘らず、他の職を探そうとしないのであるから、仮処分の必要性はない」と主張するけれども、申請人は本来画家で絵の勉強中の者であるから、昼間絵を画いていて他の職に就こうとしないのは、正に当り前のことであつて、そのことを非難すること自体当らないところである。又、解雇後、申請人が他の職を探さないというけれども、果して春風堂程条件の良い職場が直ちに見つかるかどうか疑問であるのみならず、申請人自身、本件の解雇は無効であるとして争つているのであるから、他に職を求めないのも事のなり行き上けだし当然のことであつて、本件で昼間働かないとか、他のアルバイトを探さないとかいうことは、何等仮処分の必要性を阻却する理由とはならない。

とすると、申請人の賃金仮払の点に関する保全の必要性も疎明充分であるといわなければならない。

しかるに、被申請人は、本件仮処分の申請は、いわゆる仮処分申請権の濫用として許されないと主張する。

成る程、申請人が絵画の教員免許を有していること(申請人本人の供述参照)は窺えるけれども、果して昼間の絵画の勉強を止めて教師となるのが得策であるかどうか、教師となるとしても直ちに適当な職場が見つかるかどうかも疑問であると共に、他にアルバイトの仕事を探さないからと云つて左程非難すべき性質のものでないことも前述のとおりである。

唯、申請人が本件解雇後、労働組合の力を借りて被申請人に団体交渉を要求し、或る時には屡々相当激しい行動に出、営業妨害的な行為があつたことも見受けられ、この為高松から出て来ていた春風堂の常勤の者達がおそれをなし、二・三ケ月交替で高松に帰つて行くという状況にあることも窺えるのであつて見れば、解雇の意思表示後の申請人等の言動に或る程度の行き過ぎがあつたことも否定できないところである(被申請人及び申請人各本人の供述参照)。しかして、この行き過ぎを如何に評価するかは問題である。もともと、解雇の有効無効は、原則的には解雇の意思表示の行われた時点を標準としてこれを決定すべきものであるけれども、必ずしもそれに限定されるものではなく、当事者が訴訟で解雇の効力について争つている場合には、解雇の意思は継続して表示されていると解する余地があり、苟しくも事実審の口頭弁論終結当時までに発生した事由も又これを総合して解雇の有効無効を判定する理由となし得べきものであるといわなければならない。このことは、判決の既判力の時間的限界との関係において、前訴の事実審の口頭弁論終結当時までに提出し得た事由をもつて、後訴の事由となし得ないとの論理がとられていることからも正当化されるものと解する。本件において、申請人等に相当の行き過ぎのあつたことは前述のとおりであるが、その行き過ぎも、もとはといえば被申請人の不当な解雇に端を発しており、その不当な解雇の撤回を求めるのあまり、若干行き過ぎにわたつたものと理解できない訳でもないのみならず、被申請人が申請人等の申入れた団体交渉にあまり応じなかつた(団交拒否に正当な理由があつたかどうかはともかくとして)のも、その激化の一因となつたと見受けられる節もあり、又その行き過ぎも申請人が卒先して労働組合の者達を指導したというよりは、他の労働組合の者達が先頭に立つたものと窺える点がないでもない(申請人本人の供述ないし弁論の全趣旨参照)ので、この程度では、いまだ被申請人のした不当な解雇が正当化されるに至つたものとは解することができないと共に、以上判示したところによれば、本件仮処分の申請がいわゆる訴権の濫用としての仮処分申請権の濫用に該当するものであるとも肯認することができない。

本件において、申請人は、賃金の仮の支払を求めると共に、「申請人が被申請人に対して雇傭契約上の地位を有することを仮りに定める。」旨のいわゆる任意の履行を期待する仮処分を求めている。

右任意の履行を期待する仮処分が法律上如何なる性質を有するものであるか即断できないけれども、この仮処分に対応する本案訴訟の主文は何かと考えた場合、一応「申請人が被申請人に対して雇傭契約上の地位を有することを確認する。」というに外ならないといえるのではなかろうか。このことは仮処分申請の趣旨が、「被申請人は、仮りに申請人を被申請人の従業員として取り扱え。」となつていても或いは又「何月何日付の解雇の効力を仮りに停止する。」となつていた場合でも同様であろう(尤も、「解雇の効力を停止する。」という申立の趣旨は、過去の法律行為の効力を停止しようとするものであるから、その法律行為の無効を前提として現在の法律関係に基く仮処分の申請が許されるものであれば、過去の行為の効力を停止するということは不適法であつて、この様な申請の趣旨は適当ではあるまい)元来、仮処分は、常に本案訴訟を予定し、その本案訴訟は給付訴訟を原則とし、その本案たる給付訴訟の執行を保全するために発せられるものであるが、確認訴訟には本質的に執行というものがなく、確認訴訟を保全することを目的とする仮処分というものは考えられないのが本則である。果して、労働仮処分における「申請人が被申請人に対して雇傭契約上の地位を有することを仮りに定める。」というものの本案訴訟が、本質的には確認訴訟であるとするならば、賃金仮払の仮処分の外に右のような任意の履行を期待する仮処分は本来出すべき性質のものではないということとなるのである。

仮りに、任意の履行を期待する仮処分の本案が給付訴訟であると見た場合(この場合「従業員としての地位を仮に定める。」とするよりも、「従業員として取り扱え。」とした方が或る程度給付訴訟的な響を持つているといえようか。)に、一体給付すべきものは何であると見るのであろうか。従業員としての権利一切であるということになるのであろうか。若し、そうであるならば、このような包括的な内容の裁判は裁判として特定されていない疑が強く、且つ、その違反に対し果して間接強制が許されるものかどうか、許されるとした場合裁判所としては如何なる事実をもつて仮処分違反と認定することになるのかも判然としないという疑点が残されているのみならず、任意の履行を期待する仮処分が従業員としての権利一切を含めたものとするならば、当然に賃金請求権の点もこの中に包含されることとなり、任意の履行を期待する仮処分の外に賃金仮払を命ずる主文を付加するのは、二重なものとなることが明らかであるから、二重訴訟の問題も起きかねない。

しかも、雇傭契約というものは、当事者の一方が相手方に対して労務に服することを約し、相手方がこれにその報酬を与えることを約することによつてその効力を発生するものであつて、労働者の尤も本質的で主要な権利は、報酬即ち賃金請求権に外ならず、他にそれ程重要な権利があるとは考えられない。唯、任意の履行を期待する仮処分の場合における労働者の権利ないし利益は何かと見た場合、強いて数えるならば、使用者の福利厚生施設を利用する利益(この利益が権利と呼べる性質のものであるかどうかは議論の余地があろう)、権利と云えるかどうか判然としないけれども技術習得上の利益位のものであり、若し、賃金請求権を毎月の給料請求権だけに限定するならば、この外には、ボーナスや諸手当の支給請求権並びに将来の定期昇給ないしベースアップによる給料請求権の差額の支払を求める権利を、これに付け加えることも一応考えられる。この内、使用者の福利厚生施設を利用する利益が仮処分で強力に保護すべき程の権利であるかどうか判然せず、又技術習得上の利益が仮処分の被保全権利としての適格を有するものであるかも相当の問題であり、就労請求権との関係において、若し、就労請求権が認められないとするならば(一般に就労請求権のある場合は稀である。しかも就労請求権のある場合には、任意の履行に期待する仮処分よりも、端的に「就労させろ。」という仮処分を求め得るけれども、就労請求権のない場合には、使用者に受領遅滞の問題は生じ得ても就労を求める仮処分の申請自体許すべきものではあるまい。)、結局その被保全適格は否定せざるを得ず、又、ボーナスや諸手当の請求権は、その支払を求める必要性があるならば、何等執行力のない任意の履行に期待する仮処分に依存するよりは、むしろ、直截にその仮払を命ずる仮処分を求める道があるし、将来の定期昇給による差額金の請求は、本来の毎月の賃金の仮払を求める仮処分の中に折り込んで請求できる性質のものであつて、何も任意の履行を期待する仮処分に期待する必要はない。問題は将来のベースアップによる差額金であるが、これが任意の履行を期待する仮処分当時その必要性を認め得るものであるかどうか判然としない。しかも、若し、前に解雇の無効を前提とする賃金仮払の仮処分命令が発せられている場合には、裁判所は、その後ベースアップが行われて差額金の支払を求める仮処分が申請されて来れば、口頭弁論を開かずに書面審理の方法で極めて短期間に仮処分の命令を発するであろうことを、充分期待することができるのであるから、この点についても、執行力のない任意の履行を期待する仮処分を求めることには賛成し難い(前に、解雇の無効を認めて賃金仮払の仮処分命令が出されていると、ボーナスや諸手当、定期昇給による差額金の請求についても、裁判所は、特段の事情がない限り、書面審理で短時間内に仮処分命令を出すのが通例であろう。)。しかも、解雇の有効無効を争つて労使間の対立の緊張が非常に高まつている仮処分事件において、任意の履行を期待する仮処分を発しても、使用者がその命令を任意に履行するとは殆んど考えられず、これを強制する方法の何者もないとするときはなおさらである。却つて履行のされない裁判を濫発することによつて裁判自体の権威を失墜するマイナス面の大きいことをこそ顧慮すべきである。のみならず、裁判所が使用者に対して、労働者に毎月の賃金の仮払を命ずる場合、常に解雇の無効を認定し、その無効を前提として仮処分を発するのであり、現今のように労働仮処分が殆んど口頭弁論を開いて判決でなされるときは、その判決の理由中で解雇の無効を詳細に認定するのが通例であり、使用者は、一見して、裁判所が解雇の無効を認定して仮処分を出していることを看取できるのであるから、仮処分判決の主文中に任意の執行を期待する命令文がなくても、使用者は、労働者を自己の従業員として取り扱うのが当然のことであり、道徳的にも法律的にも、当該労働者に福利厚生施設を利用させ、ボーナスや諸手当を支給し、定期昇給やベースアップを行つたりして、他の従業員と同様に取り扱うべきものである(組合活動の点も同様である。)。只、この点については法律上の強制力が及ばないというに過ぎないのである(なお、以上の外、被保全権利として、労働組合活動をする利益ということも想定し得るが、組合活動の利益というものは、従業員としての地位から直接流出する利益ではなく、従業員が労働組合に加入し又は加入せんとする場合に発生するいわば間接的反射的な利益に過ぎないのであるから、これを解雇の効力を争う仮処分で保全すべき従業員として亨有し得べき法律上の利益ないし権利として把握することは極めて困難である。しかも、組合活動をすることの利益というものの本質が、自ら行うべきものであつて、使用者に要求して使用者に行わせたり義務を課したりする性質のものでないことからしても、解雇の無効を前提とする従業員としての仮の地位を定めることを求める任意の履行を期待する仮処分の被保全権利としての適格を認めることは、極めて疑問である。なお、他の仮処分の被保全適格を有することのあるのは別問題である。)。

以上のように、解雇の無効を前提とする労働者からする仮処分申請の場合、賃金の仮払を命ずる仮処分が発せられる以上、更に任意の履行を期待する仮処分を発することは、原則として必要でないと解するものである(賃金仮払を命ずる仮処分が、いわゆる断行の仮処分の中でも非常に強い効力を持つもので、債権者に仮の地位を与えて((賃金仮払こそが、雇傭契約上の仮の地位を定めることに外ならない。))、その権利の満足を確保しようとするものであるから、この強力な仮処分の外に、殆んど無力にも近いと言える任意の履行を期待する仮処分を出す必要は、殆んどないと言うことができよう。)が、仮りに任意の履行に期待する仮処分を発すべき何程かの理由が見い出し得るとしても、本件においては、申請人がいわゆる就労請求権を有するとも考えられず、又、賃金仮払を求める外に任意の履行に期待する仮処分を必要とする利益ないし必要性の存在について申請人において何等の主張ないし疎明をしないのであるから、賃金の仮払を命ずる以上、更に任意の履行を期待する仮処分を命ずる必要はないものといわなければならない。

とすると、申請人の本件仮処分申請は、賃金仮払を求める内昭和四一年四月一日から毎月金九、三七五円の支払を命ずる限度でこれを正当として認容すべきであるが、その余は失当として却下すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。(吉永順作)

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